


鹿沼の地について・鹿沼そばとは?



鹿沼そばの背景
日光連山の南麓、日光市、鹿沼市は、栃木県内随一のそばの生産地です。鹿沼市は、中・山間地を含む7つの沢とそれぞれの尾根を有し、古くからそばが作られ親しまれてきました。明治以降、農業用水堀ができてから稲作が可能になるまで主産物はそば、ひえ、粟でした。
【鹿沼初夏(はつなつ)の新そば】鹿沼夏そば
春の遅霜が終わる4月中旬から播種~開花~6月中旬から収穫。生育期間60日前後の黒化率6~7割の早刈りそば。梅雨の晴れ間に新型コンバインを用い、刈り取り後、すぐさま遠赤外線穀物乾燥機まで軽トラでピストン輸送。(理由:刈り取り後のそばの実がもつ高水分と呼吸熱による蒸れ⇒色調劣化、褐変、品質低下をおこす)
創意工夫を繰り返し革新的に品質が向上。きれいな新そばの青みとさわやかな香りをお楽しみください。
【鹿沼晩秋(ばんしゅう)の新そば】鹿沼秋そば
8月初旬から種を播き、9月中旬にはそばの花が一面に咲き~10月下旬から収穫。
日光山麓・内陸性の晩秋の昼夜の寒暖差が良質な秋そばを育みます。
【鹿沼在来そば】
鹿沼市は、中・山間地のいくつもの沢が、特に良質なそばの生産と在来そばの継承につながっています。 10月下旬の初霜にあて旨みを増して収穫されます。古くからの「鹿沼在来そば」を継承し、小粒ならではの香り高い風味とそばの甘みが特徴です。
また、鹿沼市南摩地区、粟野地区では、特産の「麻」(野州麻紙)の収穫後にそばを蒔く伝統的な栽培方法が特徴です。(麻の後の土壌をそばがリセットすることで、うまいそばが育つ)
玄そば自家製粉
■ 完熟そばは、九割ほど脱皮し、一割ほどを挽きぐるみ(そばの実本来のきれいな色目の中に、程良くそば殻の粒粒感がある挽き方)
■ 早刈りそばは、粒選別後~脱皮~石臼弐層挽き製法R 新そばの青みを活かし仕上げます。
絹挽き50メッシュ
メッシュ
粗挽き32メッシュ
極粗挽き20メッシュ
生産者のご紹介

「早刈り花そばトリオ」
| 生産者 |
渡辺 茂さん 青木 良春さん 古澤 喜平さん |
|---|---|
| 生産地 | 栃木市都賀町(日光連山の南麓・比較的肥沃な土壌) |
花そばRとは
土壌作り(鶏糞・苦土石灰・ミネラル等の施肥)からはじまり、播種から開花~適期収穫までの綿密な生産管理による早刈り製法。
しっかりとそばに旨味を育みながらも、黒化率(完熟度)70%~80%の若々しい新そばのきれいな青みを両立させるべく、特に収穫時の遠赤外線穀物乾燥機までの軽トラ・ピストン輸送と独自の乾燥スピードによる品質管理はまさに「技」。
魂の込められた「早刈り花そば」は、他の追随を許しません。
「早刈り、そして追熟」
かつて手刈り・天日干しの時代の収穫は、上部に白い花が残っていて、黒化率7割程度になったら刈り取っていました。
(完熟期~落葉期では、新そばの青みは失せ、手刈りでは、そばの実が脱粒してしまう)
その後、ハゼ掛けとともに茎・葉の最後の養分がそばの実に移り、10月下旬の霜にあて て追熟。新そばの青みを確保しながら豊かな風味・甘みも付与されていました。
弊社が考える「完熟そば」とは
現在、新型コンバインによる収穫は、刈り遅れにも対応出来ます。
通称「完熟」と認識されているものは、ほとんどが主力農産物(米等)の収穫が終了し、後回しになって刈り採られたものです。旨いそばを生産しようという「志し」は、感じられません。
弊社が考える「完熟そば」とは、「早刈りそば」を「氷温域-2℃」にて熟成貯蔵し新そばの青みを確保しながら、昔の「追熟・霜にあてて甘みを育む」の「寒熟そば」でありたいと考えます。

「孤高の達人」
| 生産者 | 赤羽根 新さん |
|---|---|
| 生産地 | 鹿沼市 上南摩・上日向 |
鹿沼そば振興会・生産者部会及び上都賀地区そば生産者部会・会長
日光例幣使街道・西側の中山間地(尾根と沢が繰り返す地形)において、三代に亘りそば 生産をおこなってきた実績。
「旨いそば」をつくるために心を込めて取り組んでいる地元優良生産者の代表格。

「北海道の優良生産者」
| 生産者 | 走出 伸也さん |
|---|---|
| 生産地 | 北海道寿都郡黒松内町~積丹郡積丹町 |
500haを超える広大な作付けを誇る北海道の優良生産者
弊社の早刈りキタワセそばは、別注で積丹町でつくってくださっています。

「あぶくま高原の名人」
| 生産者 | 大木 信之さん |
|---|---|
| 生産地 | 福島県石川郡平田村 |
あぶくま高原の標高と昼夜の寒暖差・緻密な栽培管理
美味しい「会津の香り」をつくってくださっています。
会社案内
| 会社名 | 米山そば工業株式会社 |
|---|---|
| 所在地 | 栃木県鹿沼市武子1900-5 |
| 設立 | 創業 明治3年 会社設立 昭和39年 |
| 代表取締役 | 米山 慎太郎 |
| 資本金 | 1000万円 |
| 取引銀行 |
足利銀行 鹿沼相互信用金庫 |
| 電話番号 | 0289(65)3531 |
| FAX | 0289(62)4716 |
| info@yonesoba.com | |
| 従業員数 | 8名(令和3年7月現在) |
| 取得資格・許可証 |
鹿沼そば認証店 (社)氷温食品認定 栃木県フロンティア企業 日光東照宮献上 |
米山そば沿革
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- 慶応4年
- 会津藩御用商人・米山治平。
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- 明治2年
- 戊辰戦争を経て、会津西街道から宇都宮市へ移住。
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- 明治3年
- 初代・米山治平が、宇都宮市戸祭にて穀類問屋を創業。
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- 明治35年
- 二代目・米山国太郎が継承。「陸付問屋」として米穀の集約・販売を行う。
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- 大正7年
- 米騒動の際、宇都宮市細民救助費として「金二十五円」を寄付(栃木県知事・平塚廣義より)。
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- 大正13年
- 国太郎没後、そばの里・鹿沼市へ拠点を移す。
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- 昭和2年
- 三代目・米山禎七郎が「鹿沼そば」を商品名に採用。米穀販売、そば製粉、製麺を開始。
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- 昭和21年
- 上都賀郡茂呂(現・鹿沼市東町)に製粉・製麺工場を設立。
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- 昭和39年
- 米山そば工業株式会社を設立。米穀部門を分社譲渡。
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- 昭和49年
- 四代目・米山廣行が、そば製粉から干そばまでの一貫生産体制を整備。
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- 昭和51年
- 低温凍結乾燥による「半生そば」の製造を開始。
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- 昭和53年
- 蒸気乾燥による「半生そば」の製造を開始。
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- 平成5年
- 日光例幣使街道(国道352号)に新工場を竣工。
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- 平成7年
- 五代目・米山慎太郎が、なまそば(チルド)の製造を開始。
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- 平成10年
- 産直ギフトの企画・開発、地元生産者との地産地消の取り組みを強化。
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- 平成16年
- 百貨店ギフトにて「生産者の顔が見える」シリーズを開始。
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- 平成17年
- 優良生産者との連携による商品開発を推進。
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- 平成18年
- 大型量販店での手打ちそば実演会やそば打ち教室を開始。
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- 平成19年
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本店直売店「米山そば治平庵」をリニューアル。
行政との連携「鹿沼そば振興会」設立。鹿沼そば認証店制度開始。
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- 平成20年
- 国内各産地の生産者との交流により、多産・多品種の取り扱いを開始。
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- 平成21年
- 氷温協会®へ加盟。「氷温寒熟鹿沼そば」の研究を開始。
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- 平成23年
- 「日光寒晒し蕎麦」の生産を開始。
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- 平成27年
- 「栃木県フロンティア企業」に認証。
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- 平成28年
- 第8回フードアクションニッポンアワード2016入賞。
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- 平成29年
- 国の農商工等連携事業計画に認証。
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- 平成30年
- 「石臼弐層挽き製法®」を商標登録。国内初の「ラセン状目立て石臼」を開発。
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- 令和2年
- 発芽そば「日光芽吹き蕎麦®」の研究開発。
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- 令和4年
- 玄そばの加工方法(寒晒し蕎麦の先進加工方法)にて特許を取得(特許第7136409号)。
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- 令和5年
- 「鹿沼在来そば」が農林水産省の地理的表示(GI)に登録。(鹿沼そば振興会)
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- 令和7年
- 高島屋お歳暮ギフト『見事を贈る』にて「かすみ鴨の鴨せいろ(鹿沼在来そば使用)」を発売。


